【寄稿シリーズ⑥】熊本に九州初の電灯ともる


九州で最初に電気事業を開始した熊本電燈株式会社の記念案内版

明治19年7月東京電灯会社の開業成功に刺激されて、日本各地に電灯会社設立の機運が高まっていた。
熊本も金融機関等経済界は、「電灯が文化の先駆け」と熊本の発展を目指して奔走し、明治24年7月1日「熊本電灯会社」の設立を成し遂げたのである。これは、九州では初めての電灯会社であり、熊本は大いに沸いた。
油から、電灯へ革命的な変化に驚き、見学者が絶えなかったと言われている。
九州では、長崎が明治26年、福岡が明治30年11月の開業であることからすると熊本の奮闘、意気込みがわかる。
熊本電灯会社は、厩橋(うまやばし)の先、熊本域須戸口門(すどぐちもん)の一帯(現在記念碑あり)である。当初は火力発電であるが、のちには水力発電も加わっていく。
この発電事業の流れは、色々困難は伴うが、熊本を代表する産業として大きく発展し、社名も「熊本電気会社」と代えていく。
大正、昭和となって、さらに九州各県の会社を吸収合併して、九州5県に配電することとなり、九州一の会社に成長し、社名も「九州電気株式会社」へ変更する。
ところが、昭和16年太平洋戦争の直前になり、政府は、配電統制を行い、九州は一社に統合と指示される。
九州5県に配電していた熊本は、福岡側(3社)を上回っていたために、九州南北2社を主張したが、熊本の主張は入れられず九州は一社となる。その本社の位置をめぐり、熊本、福岡の激論となるが、本社は福岡となる。その本社が今日の九州電力株式会社である。熊本にとっては、返す返すも残念なことであった。
熊本最大の会社を失ったため、県、市、財界においては、電力会社に代わるものはないかと協議を重ねる中で、自動車業界の大合併に動いたのである。
雪沢知事も、山隈市長も経済界と一緒になって、バス業者(45人)、トラック業者(61人)で、交通の統合会社設立を決める。昭和17年4月12日古荘健次郎氏を社長に選任し、「九州産業交通株式会社」が発足したのである。社名を命名した雪沢知事は「かつての熊本電力のように、この新しい会社が、熊本県を中心として全九州の産業交通の大動脈として活躍する日のあることを期待して名付けたのである」と語っている。
それから70年余、コロナ禍ではあるが、九州産交グループでは、第二創業を目指した新しい展開が始まっている。

時の熊本電燈株式会社図(熊本明治町並図屏風/文林堂蔵)図内手前は厩橋

熊本県文化協会名誉会長 吉丸 良治