【寄稿シリーズ ①】      「国宝の里帰り」


江田船山国宝展の会場(熊本県立美術館本館)

吉の青井阿蘇神社が、平成20年6月国宝に指定されるまでは、熊本の地には国宝はなく、江田船山から出土し、今では東京国立博物館に展示されている「江田船山国宝」が唯一のものでした。

およそ1500年前の作品で、玉名郡和水町(元菊水町江田)から明治6年に発掘されたものです。当時江田村の池田佐十さんが夢のお告げにより。近くの古墳を発掘したところ、沢山の宝物が出土したので驚き、県庁(当時白川県)へ報告し、県庁は政府へ報告したところ、結局刀剣など90点余を政府が一括して、80円(当時米1俵1.2円)で買い上げることになったのです。

江田船山国宝は、その内容といい、技術といい、日本の頂点に君臨する作品といわれています。代表的な「銀象嵌銘太刀」(ぎんぞうがんめいたち)は、立派な象嵌がいくつか施され、その刀剣の棟には、日本で最も古い大和ことばの始まりといわれる75文字が、象嵌で見事に刻まれているのです。1500年前にこのことです。

このことは、古代の肥後の最先端の技と先進的な文化の存在を物語っています。その後の肥後の文化を今日まで続く金工、象嵌の文化的源流を見ることができます。

かつて、私がアメリカを訪ねたおり、ニューヨークのメトロポリタン美術館を見学していたところ、日本の古代の刀剣(直刀)らしきものが展示してあるのに気付き、近づくと「ETAFUNAYAMA・・・」と表記してあるのにびっくり。よく見ると日本と交換した旨が説明してあるのです。一体これはどうゆうことか。東京とアメリカにあって、地元熊本には一点もない。驚きと無念な気持ちで帰熊したものの、その歴史経緯がわかったのはずっとあとのことでした。そのようなこともあって、私は伝統工芸館長に就任してから、江田船山国宝の熊本への里帰りを何とか実現できないかとの思いで、東京国博・文化庁・文部省等へ熱く訴え続けて参りました。

当初は前例もないから。だったものが、徐々に耳を傾けていただくことになり、平成13年9月ついに実行委員会を組織し、128年振りに「江田船山国宝展」の里帰りが実現したのです。
今、再度の里帰り運動の声がでていますが、夢がありその実現に期待しています。

熊本県文化協会名誉会長 吉丸 良治